「全世界のアリス・ファンの尊敬を集める批評家、数学者ガードナーの遺作にして、アリス・マニアの聖典が待望の初翻訳!学魔・高山宏による翻訳でお届けする、伝説のアリスうんちく大全!」(惹句より)。640頁もある分厚い本。資料や挿絵が豊富なので楽しんで読めそう。
「全世界のアリス・ファンの尊敬を集める批評家、数学者ガードナーの遺作にして、アリス・マニアの聖典が待望の初翻訳!学魔・高山宏による翻訳でお届けする、伝説のアリスうんちく大全!」(惹句より)。640頁もある分厚い本。資料や挿絵が豊富なので楽しんで読めそう。
物語研究の分野における基礎文献のひとつで、「最も権威ある昔話の話型索引(AT分類)およびモチーフ索引の編者として名高い著者が、みずからの分類に込められた理念と方法論を、わかりやすい全体の見取り図とともに語り尽くした古典的名著」(惹句より)。高価すぎて手が出なかったのだけれど、2022年に「普及版」が出版されていたのを発見して即買い。
マジックリアリズム文学について簡単に知るために概説書を探す。寺尾隆吉『魔術的リアリズム: 20世紀のラテンアメリカ小説』というのが良さそうだったのだけれど、古書で高価になっているなあ。もう少し調べて同著者の『ラテンアメリカ文学入門 – ボルヘス、ガルシア・マルケスから新世代の旗手まで』を発見。本書はお気軽に手に入るお値段なので、こっちを買っておこう。
シュルレアリズムとマジックリアリズムは似ているようで違うのだけれど、近縁分野である(?)ナンセンス文学についても「定義」がよく分かっていない。勉強のために何か解説書を探したのだけれど意外と見つからず。結局1980年に出版されたやや古めかしい本を買っておくことに。「本当は怖ろしいノンセンスの世界-『不思議の国のアリス』やエドワード・リアの戯詩は厳格なゲームの規則に支配されている。分析的知によって人間と世界を引き裂くノンセンスの正体を明らかにした名著」(惹句より)。
書名のとおり、映画分析の初学者向けテキストである。文学批評や絵画分析、写真技法などに関するものは何冊か持っているのだけれど、映画に関してはそういえば読んでいなかった。本格的な論考を読むほどには興味があるわけじゃないので、最低限度の知識だけ本書で得ておきたい。本文には写真が多用されていて、とても分かりやすそう。
西洋文学史の教科書としてアウエルバッハの『ミメーシス』を持っているのだけれど、本書はその「補完」として書かれたものらしい。具体的には「第三章と第五章のあいだの隙間を埋めるためにもくろまれた試み(「訳者あとがき」より)」だそう。とりあえず買っておくが、しばらく積ん読である。ところで『積読こそが完全な読書術である』という本があったよなあ。同じ作者が『再読だけが創造的な読書術である 』という本を先ごろ、出版していたような気がする。どちらも面白そうなタイトルである。
戸田山和久『恐怖の哲学 ホラーで人間を読む』と差し替え(類似のテーマについては適度に本を刷新していかないと、棚が溢れてしまうため)。原書は1990年に出版されたということで、なんと30年以上の前の著作らしい。著者のノエル=キャロル氏は先ごろ買った『批評について: 芸術批評の哲学』も書いているのだけど、「ホラー」についての論考も発表しているのね。本書も基本図書のひとつらしいので、読んでおくことにしよう。
文学理論分野の基礎文献のひとつ。「《文》を超えた《テクスト》のレベルにおける《文法》の探究の最初の試みとして、民話、神話、物語等の記号論的研究において、今や、構造言語学におけるソシュール『講義』にも比すべき位置をもつ、記号学の第一の古典。(惹句より)」。ネット書店で定価販売されているのを発見して購入する。長らく在庫切れで、古書の価格も高騰していたのだよなあ。即使うわけでもないし、少々高額な本だけれど、今手に入れておくことに。
『分析美学入門』と同様、芸術批評の分野における基礎文献のひとつ。しばらく積ん読になるだろうけれども、とりあえず本棚に入れておく。こういった「難解かつ退屈そうで、なかなか食指が伸びないんだけど、とりあえず基本図書らしいから読んでおかなきゃなあ」という本が増殖して部屋を占拠していく。まあ、必要となった時すぐに手に取れる場所にあるという安心感はありますが。
すでに所有している『ナラトロジー入門』・『人はなぜ物語を求めるのか』・『物語としてのケア』などといった本と同様のテーマである「ナラティブ」を扱った書物を、新たに本棚に追加。本書は物語の持つ「負の側面」に焦点を当てた内容で、ちょっと斬新である。言われてみれば陰謀論や戦争プロパガンダや様々な差別にまつわる言説やらも、物語を利用して語られるものだからねえ……。人類の愚行の原因はほとんどコレかも、と思わされる。
「国語便覧」の世界文学版のような図鑑。DK社が手がけている本で、さすがの出来栄えである。急いで必要なものでもないけれども、流通が無くなる前に確保しておく。このシリーズは他に『図鑑 世界の哲学者』『図鑑 世界の作曲家』なんてモノも出ているようだ。
電子書籍版の童話など読んでいて、「児童文学ってどのように定義されているのだろう」という疑問がふと湧いたので読んでみる。余談だけれど、近頃AmazonのセールでKindle(本体)を購入したのだ。前にSony Readerを持っていたので電子書籍を読むのは初めてではないのだが、やはりこれ、利点と欠点が明確に分かれる道具だなあ……。所持しておきたいものは紙の本で、再読するかどうか分からないが一読はしておきたいものは電子書籍、といった使い分けになりそう(主に本棚のスペースの問題で)。
詩を対象とした、文章表現の「曖昧さ」についての研究。1930年に初版が出たものなので、かなり古いのだけれど名著として知られているらしい。岩波文庫版も存在するが価格が高騰しており手に入れづらい。個人的には創作作品中の「曖昧さや仄めかし」といった要素に大変イライラするタチなので、本書を読んで免疫をつけておきたい。
「ナラティブ=アプローチ」という心理療法について解説した本。千野帽子『人はなぜ物語を求めるのか』で示されていた内容をさらに深めるべく読む。分類が「心理学」ではなく「文学理論」になっているのは、そういう理由からである。「ケアという行為は、科学的説明の及ばない場所と深く関係している」。
前々から考えていた「本の差し替え」を少しだけ実行。つまり、同じようなテーマを扱った本で、より良さそうなものがあれば入れ替えていくという計画。とりあえず四方田犬彦『漫画原論』から夏目房之介『マンガはなぜ面白いのか』へとチェンジ。
マイケル=コリンズ・他『世界を変えた本』と一緒に購入。「空想の王国や不思議の国を舞台にした世界の文学作品を集めたブックガイド。4千年に及ぶ物語の歴史を網羅、『ギルガメシュ叙事詩』や神話伝説から、近現代のSF・ファンタジー・幻想文学の名作まで、世界各国の専門家による解説で紹介。美しく貴重な図版満載」(惹句より)。こちらは「美術」ではなく、「文芸」の棚へ。
ありそうで意外と無かった初心者向けの文学読解方法論。私の子供の頃は「小説は心の感じるまま、自由に読むべきだ」式の、何の役にも立たないどころか有害ですらある国語指導方法が多かった記憶。優先順位の問題でしばらく積ん読になりそうだが、読了したら改めて記事を書き直す。
『ビデオゲームの美学』でも度々引用されるケンダル=ウォルトンの著作。「絵画、文学、演劇、映画などの芸術作品から日常生活まで、虚構世界が私たちを魅了し、想像や行動を促す原理をトータルに解明するフィクション論の金字塔」(内容紹介より)である。メタフィクション論を学ぶ上での“基礎文献”のような扱いだそう。
「言語帝国主義」などという表現があったような気がする。文章技術や言語学や文学理論などに関心があると、どうしても「言語の持つ政治性」についての記述を読むことになる。『ことばの政治学』は名著と評判が高いそうだが、読んだことがなかった。この機会に入手しておこう。
文学理論の元祖のような存在のアリストテレス『詩学』。岩波文庫版を買おうと思って検索したら、3月に光文社から新訳が出ているのを発見する。よく出てくる「浄化(カタルシス)」の概念など、そもそもどういう文脈で使われていたのか、一応抑えておくために。
小説を読むにあたって『文学とは何か』『現代の文学批評』『小説の技巧』といった書物はもちろん役に立つのだけれど、これらはどちらかと言えば理論による分類や解説が主であって、個々の作品を扱った文芸批評集も欲しい。色々探したが結局『ナボコフの文学講義』の姉妹編である本書を購入。
小西甚一『日本文学史』があるのに、なぜか西洋文学史が無いことに気がつく。アウエルバッハはドイツの文献学者・比較文学研究者・文芸評論家。主著『ミメーシス』は名著として有名らしい。ヨーロッパの小説表現について、古代から現代まで論じたもの。文学史として読むために購入。
著者は文芸評論家・エッセイスト・詩人。内容は基本的に「物語論(ナラトロジー)」について、だけれど、文学理論のみならず進化生物学・人類学・言語学・認知心理学・動物行動学・哲学など幅広い分野の知見を駆使し、「人はなぜ物語を求めるのか」というテーマの解明を試みる。だいぶ易しく書かれており読みやすい。
プロの書評家が書いた書評論。購入する本を選ぶために様々なレビューや書評に接していながら、「書評そのもの」について考えることが無かったなあ。所持している本の中では『ナボコフの文学講義』が最も書評に近い気がするが、やはりあれは「文学批評」の範疇だろうか。何か1冊、良い「書評集」を本棚に置きたくなる。
エーコとカリエール(フランスの脚本家・俳優・著作家)という二人の博識による、書物をめぐる対談。本好きの端くれとしては買わざるを得ない。分類に困る本だが、内容を「メディアの形式に関する議論」と(強引に)解釈して「文学理論」の棚に入れる。